しべりあげきじょう

ロシア国立ブリヤート歌劇場首席トランペット奏者  齋藤友亨のブログ (旧あうすどいちゅらんと)

ロシアで公務員になった2019年 卒業 就職 移住 結婚

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僕は2019年の9月からロシアの国立歌劇場である「ブリヤートオペラバレエ劇場」で

「高度な特殊技術をもつ外国人」としてロシアのブリヤート共和国のウランウデという街で働いています。

厳密にそうなのかはよくわかりませんが、ロシアの税金で運営されている歌劇場の所属の音楽家なので公務員のようなものだと思います。

今年は日本の音大をやめてドイツにいった2013年と同じくらいに人生が大きく動く1年だったので、振り返っていきたいと思います。

 

ブリヤート劇場での研修まで

2018年の12月に帰国し、1月上旬からブリヤート劇場に研修生として3か月ほど働く予定でした。ちょうど大学の春休みもあったのであまり大学を休まずに済むという感じ。

しかしロシアあるあるの

「やっぱビザ遅れます」

が発動し、なんと予定から1か月遅れて2月からということになりました。笑

12月には演奏会などもありましたが1月は何も予定がなかったので、実家の家業を手伝ったり横浜でロシア人のロシア語の先生を見つけて習いに行ったりとまるでニートのような生活。笑

会社のホームページがスマホ対応していないくらいのやつだったので、僕がホームページ風ブログに作り直しました。

物件の紹介動画を作ったり。これでiMoviesの活用法を学んだりしました。

それで友達の作曲した曲と地元の風景でショートムービーを作ったり。


Morito Shrine music by Terukaku Yamashita材木座海岸〜森戸神社

 

今年は5年ぶりに日本で年越しでした。やはり年末が一番日本を感じられる気がしました。高校の友達とスマブラをやりながら年を越したのはなんだか感慨深かったです笑

 

初のブリヤート

そしていよいよロシアへ向けて出発。

モンゴル航空でウランバートル乗り換えだったのですが、荷物のことでトラブルが起きてとても面倒でしたがなんとか無事に到着。

着いた日にいきなりくるみ割り人形のゲネプロを一緒に吹かされて翌日は本番…。

 

そのほかにも当日にいきなり1stが来なくて僕がほぼぶっつけ本番で吹かされたり、白鳥の湖も当日にパート変更になったり。

 

ボロボロの日本車が走っていたり、少し郊外にいくと道路がぐちゃぐちゃだったりと毎日カルチャーショックを受けました。笑

 

でも食べ物や水がおいしかったり、人種差別がなかったりとドイツよりも暮らしやすいと感じる点も多くありました。

 

あとはめちゃくちゃ寒いことですね。笑

ベルリンでは-20℃くらいになったことはありましたがそれ以下は経験したことがありませんでした。

髪の毛やまつ毛まで凍る世界…。

でもいいと感じたのは毎日とても天気がいいこと。日本にいた頃は太陽がいかに大事かということをわかっていませんでしたが、ヨーロッパの冬はずっとどんよりと暗くて本当に憂鬱になりました。

 

それに室内は25℃くらいあってとても暖かいのでむしろ日本の冬よりも寒く感じません。

 

あっという間に1か月半が終わり、会議で正式に採用が決まってからそのままドイツへ行きました。

 

6年間のドイツ留学の終わり

2019年も7月まではドイツのヴュルツブルク音楽大学で勉強していました。

4年生になってようやく元々習いたかったHelmut Erb教授に習い始めることができ、その当時混乱していたことや諦めかけていたことをどんどん解決してくださいました。

先生に習っていなかったらもう無理だったでしょう。

先生からはトランペットや音楽のことだけではなく、人としてどう生きていくべきかということや

「学ぶことはとても楽しこと」ということを本当に教えていただいたと思います。

5月には先生のヨットクルーザーに乗せていただいてデンマークを旅行しました。

その時にも本当にたくさんお話しして、ヨーロッパの歴史だったり日本の文化をもっと深く知りたいとおもうきっかけも与えていただきました。


その時のショートムービー。 

 

そして50分にわたる卒業試験もいい成績で修了することができました。

演奏したのは

ヘンデル:水上の音楽の組曲

ネルーダ:協奏曲

シリング:小品

ピルス:ソナタ

オーケストラスタディ:レオノーレ3番、ラインゴルト、展覧会の絵

 

全て全楽章やってから最後に展覧会の絵を吹くのはとても大変でしたが自分を表現できてよかったです。

その1週間前の中間試験ではヒンデミットのソナタを全楽章演奏しました。

そして何より心配だった様々な学科などの単位がちゃんと取れているかということ…。

筆記試験は全て合格していたものの履修登録などもないよくわからないシステムだったのでとても不安でしたが、がんばってサインをかき集めた結果、無事認められて卒業証明書も送られてきました!

とても感慨深い…。

 

 ECZ2019

毎年逗子で地元にクラシックのよさを少しでも伝えるためにやっている自主公演。

今年はバレエダンサーとしてブリヤート劇場で働く兄と共演しました。

前年よりさらに増えた450人ものお客様にご来場いただけました。

広報などに関しても「ありがちなクラシックコンサート」のようにならないよう

フライヤーを毎年油絵にして統一したりとがんばってきましたが

今年は「チラシをみてきた」という方など、出演者と面識のないお客様の割合がどっと増えたことにとても大きな手ごたえを感じます。

 

人数も多いので運営するのはとても大変でしたが、逗子のためになるようにこれからもバレエ×金管×打楽器という企画を続けていきます!

 

来年は8/8(土)の13:30からなぎさホールです!

 

結婚

卒業し就職が決まり、7月にはかねてよりお付き合いしていた打楽器奏者の安倍梨々子さんと入籍しました。

偶然ブリヤート劇場でトランペットと打楽器が募集していて2人とも受かったのは奇跡的なことです。

結婚式は来年の夏に逗子でやります。

 

ロシアへ移住

いよいよロシアに移住。

一年前まで

ドイツに住む独身の学生だったところから

ロシアに住む既婚の歌劇場トランペット奏者

に一気に変わりました。まるで別世界。

 

言語も違えば文化も違うわけですが、ドイツに長く住んでいたので普通の人よりもずっと違和感が少なかったと思います。

やはり日本とドイツよりは、ドイツとロシアの方が似ているんだなと思いました。

 

結局住んでみると、言葉が不自由ということ以外に大きな違いはありません。

ドイツの方がすごくいいともあまり感じません。ドイツで感じることの多かった人種差別だったりもないし、スーパーも劇場のカフェのアップルペイで支払いできるし。

オンラインバンキングで簡単に送金もできるし。

 

インターネットがあると、結局日本にいてもドイツにいてもロシアにいても娯楽自体に大差はないと感じます。

 

ロシアでの労働環境

ウランウデは35万人ほどの小さな都市で、僕たちは街の中心のマンションに住んでいます。

家から劇場の歩いて5分ほどの距離。

通勤時間がほぼ無しというのは非常に快適です。冬は特に…。

 

仕事の休みは週に1回しかありませんが、毎日の労働時間が1~3時間もしくは5時間程度しかないので時間には余裕があります。

もちろん勤務時間以外に曲を練習したり勉強したりする時間はありますがそれを働いているとは全く感じません。

 

ただ毎日のように違う曲のリハーサルと本番があるのは結構大変ですね。

 

ロシアでの人付き合い

劇場の人たちはほとんどが既婚者なので、仕事が終わったら信じられないくらい早く帰ります。笑

楽屋でだらだらすることも一切ないですし、飲みにいったりとかもまるでありません。

どんなに達成感のある本番が終わっても全く飲み会なしです。笑

 

しかしロシアと言えばウォッカ

みんなロッカーにショットグラスが入っていて、ウォッカが入っている人もいます。

誰かが誕生日だとケーキが買ってきてあり、ケーキを食べてウォッカを飲んだり・・

演奏会の休憩中にウォッカを飲んだりとかします

 

僕は演奏できなくなるので絶対飲みませんが。w

 

とはいえ普段の付き合いみたいなものがないのはとても楽です。

 

 シベリアの寒さ

シベリアはやはり寒いです。

11月から3月くらいまでずっと氷点下の世界。でも天気がよくて風がないので意外と大丈夫なものです。

段々と寒さにも慣れてきました。笑

日本では絶対に見られないようなかなり壮大な銀世界も見られるので冬も悪くありません。

 

卒業 就職 移住 結婚が一度にあった2019

6年過ごしたドイツを卒業してロシアに移住、夢だった歌劇場の音楽家になり、そして結婚と生活のすべてが変わった1年間でした。

 

いきなりロシアへ研修にいってみたら就職できたり、

人生は自分の行動次第で大きく変えられるということや

意外と自分を縛っているもののようなものは、自分が思っているよりも簡単になくせること

動いていかない限りは何も変わっていかないこと

こんなことを強く実感した年になりました。

 

「そんなの無理だ、やめておいた方がいい」といったたぐいのことをいう人がいるかもしれません。でも間違いないことはそれを言う人の言うことは聞かなくていいということです。

 

自分の才能を信じることができるのは最終的には自分しかいないので、

どれだけ前向きに打たれ強く自分を信じられ続けるかなんだと思います。

 

人生が大きく動いた1年でした。