ピアニスト松浦愛美さんへのインタビュー
松浦さんは僕と同じドイツのヴュルツブルク音大で勉強していらっしゃるピアニストで、ヨーロッパで数々のコンクールで入賞し2019年3月に国家演奏家資格を卒業されて完全帰国されました。
留学にいたった経緯や、コンクールへのメンタルトレーニングなどお話を聞いていきたいと思います。
大学卒業までは大阪に
■大学に進学されるまでのことを教えてください
松浦
育った地域には子どもの頃からピアノを本格的に習っている子が多くて、自分もその流れでピアノを始めて音大に進学しました。
元から大阪をでる気がなかったのと、中学生の頃から習っていた先生が大阪音大で教えていたため、国公立などは受験せず大阪音大一本という感じでした。
留学するきっかけ 岡原慎也先生との出会い
■大阪愛が強かったんですね。どういった経緯で留学することになったのですか?
松浦
大学生の頃はとにかく練習していましたし、短い期間で一気に準備して本番を迎えることが多く、それはそれで達成感はあったものの疑問に感じている部分もありました。
3年生からは2人の先生に並行して習うことになり、そこで出会ったのが岡原慎也先生でした。(岡原先生はドイツに留学されていた)
最初のレッスンで先生から
「お前は音楽の本質を何もわかっていない」
と言われて今まで自分が疑問に感じていたことと一気に重なり
もっと深く勉強しなければと思うようになりました。
ミュンヘンの講習会に参加
3年生の2月に先生のベルリン芸大時代の同級生であるミュンヘン音大の教授、ミヒャエル・シェーファー先生(Michael Schäfer)のマスタークラスに参加しました。
とても感銘は受けたのですが、ドイツには20校近く音大があることを知り、もっといろんな先生と会ってみたいと思いました。
卒業直前に受験へ
そして卒業直前の4年生の2月にドイツの何校か受験に行きましたが、事前にレッスンを受けられたのも一人だけで、何もよくわかっていなかったので大学院には受かりませんでした。
■それからもう一度受験にいかれたんですね
留学資金の問題もコンクールでまかなう
松浦
親は無理して海外でがんばるなんて必要はないんじゃないかという考えで
もう一度ドイツに受験に行きたいという私の訴えには消極的でした。
自分で滞在期間分の生活費や飛行機代を稼ごうと、色んな所で弾く仕事をしていたもののお金はたまらず困っていました。
しかしそんな中で受けたクオリア音楽コンクール(2013)で大賞をいただき、
賞金50万円がいただけたのでドイツに行けることに!
(2018年現在は残念ながら賞金10万円…)
ミュンヘンに住み受験 すべて合格
それからミュンヘンで友達の家を転々としたりしながらいろんな先生のレッスンを受け受験。その時は受験した大学すべて合格しました。
ヴュルツブルク音大に決めた理由はベルント・グレムザー教授
■ヴュルツブルクにきた理由はなんですか?
松浦
ベルント・グレムザー(Bernd Glemser)教授に習いたかったからです!
ドイツに来る前から彼は演奏家としてとても好きでCDも何枚も持っていましたが、教えているとは知りませんでした。
マスタークラスで出会った友達にグレムザー先生がヴュルツブルクで教授をしていることを聞き連絡をとって月1でレッスンを受けられることに。
レッスンが終わるたびに先生に
「あなたのもとでどうしても勉強したいんです!!」
「あなたのCDを子どものころから何度も聞いていて!!」
とガンガン伝えました。
その頃はまだドイツ語もうまく話せなかったので事前に言いたいことを紙に書き起こしておいて、
レッスンが終わって部屋をでていく先生を追いかけながらそれを読み上げるという感じ。笑
先生はちょっと引きながらも聞いてくれました。
しかしいつも「とるかどうかは断言できない」と言われていました。
ベルント・グレムザー プロフィール
1962年にドイツのデュルプハイムに生まれ1987年のARDミュンヘン国際コンクールなど多数の国際コンクールに入賞。1989年に当時ドイツ最年少の教授としてザールブリュッケン音楽大学の教授に就任。1996年からはヴュルツブルク音楽大学教授。
Rachmaninoff 2nd piano concerto Bernd Glemser
グレムザー教授のレッスン ”10%も伝わっていない”
■グレムザー先生のレッスンではどのようなことを言われたのですか?
松浦
最初のレッスンで
「良く弾けているけど今の演奏では僕には10%も伝わってない。表現しているかもしれないけど全然伝わらない。日本人ぽい演奏」
と言われ
”表現ってこんなにしていいんだ、しなきゃいけないんだ”
ということを気づかせてもらえました。
先生は身体も細くて手も大きくなく、身体的に有利な人ではなかったのも自分にあっていました。
■表現とは?
松浦
日本にいたころの自分は小さくまとまっていて、
間違えないようにということにこだわっていたので
”何を聞いてほしいのか”が薄かったんです。
人と同じじゃなければいけないような意識がありました。
”自分が完璧に上手に弾きたい”という気持ちをださず
自分をオープンにして、それを聴いてくれている人と共有する
ということが大事だと気付きました。
卒業試験後
渡部由記子ブックス1 やる気を引き出す 魔法のピアノレッスン
グレムザー先生がプレイヤーなことで学べたこと
■グレムザー先生はとても積極的に演奏活動をされていますよね。
松浦
先生は毎週のようにコンサートをしていたのでいつも聴きに行っていました。
”表現というのがどういうことなのか”
音楽の幅の広さ
言葉で伝えるのが難しい”伝える”ということは先生の演奏を通してたくさん学ぶことができました。
主張がとにかく強いグレムザー門下
■グレムザー門下の雰囲気はどんな感じなんですか?
松浦
クラスにはいろんな国からの留学生がいてとても国際的です。
みんなコンクールにガンガン出ている人たちばかりで、プライドが高くてとにかく主張が強い。
最初はみんなの勢いに負けてしまっていましたが、
クラスにいるうちに自分の意見をもって発言し主張もできるようになっていきました。
私は大阪出身なので主張が強い方と思っていたのですが、全然でした…。
ヴュルツブルクは小さい分勉強に集中できる街
■ヴュルツブルクで勉強してよかったことは何ですか?
松浦
練習環境がとても良いこと、
練習室も生徒が朝から晩まで予約して使える部屋が30部屋に加えて、レッスン室もレッスン時間以外は解放されています
先生の部屋はスタインウェイのグランドピアノが二台!
ドイツの練習室事情 | Pianist 松浦愛美のドイツ留学生活blog♪♪
小規模な街のわりに著名な演奏家がよくくること
室内楽の演奏の機会が多いことですね。
ヨーロッパのコンクールで多数入賞
■愛美さんは本当に数多くのコンクールで入賞されていますよね。受賞歴を教えてください。
ドイツにいたことで多くのコンクールに挑戦できた
松浦
ピアニストはオーケストラのオーディションがあるわけではないので、コンクール歴がとても重要です。
ヨーロッパには大小たくさんのコンクールがあるので日本にいたころよりもずっと多くのチャンスがありました。
受賞歴は
2015年 DAADコンクール 第一位(ドイツ)
Wolfgangfischer Mariafischer-Preis 第一位(室内楽部門を二台ピアノで参加)
2017年 EUTERPE国際コンクール 第一位(イタリア)
Luigi Zanuccoli国際コンクール 第一位(イタリア)
Steinway Förderpreis Competition 第一位(ドイツ)
2018年 Jurica Murai国際コンクール ファイナリスト及びバロック作品解釈における審査員特別賞(クロアチア)
です。
コンクールの詳細はご自身のブログにかいていらっしゃいます!
Jurica Murai 国際@クロアチア | Pianist 松浦愛美のドイツ留学生活blog♪♪
Euterpe国際コンクール | Pianist 松浦愛美のドイツ留学生活blog♪♪
スタィンウェイコンクール 決勝 | Pianist 松浦愛美のドイツ留学生活blog♪♪
初イタリアでコンクール ② | Pianist 松浦愛美のドイツ留学生活blog♪♪
大学の受賞者記念コンサート
コンクールで重要な演奏者のメンタルトレーニング
■コンクールのような大舞台で力を出し切るメンタルについてお聞きしたいです。
あがらないためには自分をよく知ること
松浦
舞台での緊張は誰もがすることですが、そこで実力をだすのに大切なことは
・自分を受け入れてよく知ること
・なぜ自分が演奏しているか、したいかを知る
・音楽を人と共有する
・普段の生活からポジティブにいること
だと思います。
振り返りノートをつける
スポーツ選手のメンタルトレーニングのことを調べていて知ったのですが、本番の度に振り返りのノートをつけるのはおすすめです。
・その時の自分の精神状態
・準備の過程
・心境
・起こったこと
・分析
・改善点
などを書き留めて自分のデータをとるというもの。
これも自分を深く知るといううえでとても効果的です。
大切なことは、悔やんだりネガティブなことを書き連ねるのではなく冷静に分析したことを書くということです。
ポジティブな意識で準備する
”何が起こっても大丈夫なように、失敗しないように”
という最悪の状況を想定してストイックに練習したり、何か自分の中で様々なルールや縛りを作ると
ネガティブな発想から音楽を作ってしまうことになってしまうことになってしまいます。
ネガティブな発想から作った音楽は独りよがりになりがちで、”伝える、共有する”ということが欠けていると緊張してしまいます。
日本人は特に
周りの人が自分をどう思うのかを気にしたり、自分が浮いていないかを気にしてしまう民族性なので、そういった意識が演奏にも出てしまい緊張を増やしていると思います。
■本番でうまくいかなくなってしまう人へのアドバイスはありますか?
何を伝えたいのかが先行するように
松浦
まずはテクニック的なことができていない、曲の理解ができていない、自分をよくわかっていない
などの不安要素を残したまま舞台に上がらないことです。
しかし気を付けなければいけないのは、不安をつぶそうとするようなネガティブな動機で練習しないこと。
聴いた人からどう思われるのかではなく、
何を伝えたいか、共有したいのかという気持ちが先行していくようになると
緊張していても人前で良く演奏できるようになると思います。
本番の時だけでなく、普段の練習からそのように考えていけると結果につながっていくと思います。
本番の時にコンディションが悪い時に絶望的になるような不安は妄想だと思いましょう。
何を伝えたいのかということを第一に考えて、コンディションのことなどを引きずってはいけません。
自分で企画したコンサートでの成長
自分でコンサートを企画して演奏するとメンタル面にも成長を感じます。
自分の好きな人たちの前で演奏すると自然と何かを伝えたいという気持ちになりますし、
楽しんでいってほしいと思えるので、コンクールやおさらい会などとはまた違う角度から成長できます。
ありがたいことに日本に一時帰国中も多くの演奏の機会をもらえていました。
皇帝☆アマービレフィルハーモニーの皆様と | Pianist 松浦愛美のドイツ留学生活blog♪♪
ドイツは音楽家のためのメンタルトレーニングも取り入れられている
■メンタルトレーニングはどのように学んだんですか?
松浦
スポーツ分野ではメンタルトレーニングがとても発達しているので、まずはそれ関係の本をたくさん読んだりネットで調べたりしていました。
それからドイツではアレキサンダーテクニークを大学の授業で学ぶこともできますし、
音楽家のためのメンタルトレーニングの専門家もいるので、勉強しようと思えばとても機会が多いんです。
■その分野に関してはドイツは発達していますね。金管楽器でも「オーディショントレーニング」というセミナーがよく開催されています。
大学のオーディションで勝ち取ったコンチェルト!
ちなみに僕もオーケストラで吹いています。
ピアニスト松浦愛美は2019年3月に完全帰国します
■帰国後の展望を教えてください。
松浦
12月に最終試験を満点で終え、無事に卒業と国家演奏家資格を取得予定です。
3月に完全帰国して地元大阪に帰るので、関西を中心に更に精力的に演奏をして行きたいと考えています。
今まではソロが多かったですが
これまで沢山室内楽も勉強してきたので室内楽ももっと演奏会で取り入れていきたいです。(あとはリートも!!)
そしてまだ構想段階ですが、
ヴュルツブルクで出会ったメンバーで従来の形を砕いたようなコンサートがしたい
と思っています。
みんな腕前は確かなので様々なコンサートの形態に対応できるでしょうし、
お客様には音を楽しむだけではなく演出など様々な角度から楽しんでもらえるようなものを考えたいです!
今いくつかアイディアがあるのですが、まだ内緒で!
あとは指導に力を入れたいと思っています。
とにかく沢山の素晴らしい事をこの5年間で学んだので、それを伝えたくて仕方がないです。
普段の練習法はもちろん、
・舞台にあがるための気持ちの作り方物事の考え方
・音楽だけではなく全ての事に繋がるようなこと
も踏まえて指導していくことができたらなと思っています。
というわけで関西でレッスンを受けてみたい方がいらっしゃったらぜひご連絡下さい!
ドイツでは
ふらっと家から出て来ただけのような格好でコンサートを楽しんでサクッと仕事に戻ったり、
私のコンサートもどこかで情報を得て全然私を知らないのに聴きに来て下さいます。
本当に音楽が生活に浸透して深く根付いているなといつも思います。
なので単に演奏するだけではなく
実際にその国で生活してから気付いた事も含めて伝えていく事が、私たち留学生にとって大切なことなんじゃないかなと思います。
日常から感じた事が音楽に繋がっているし、
その日常って私たち留学生にとっては宝物のような時間だと思うので。
◾️松浦さん、ありがとうございました。
帰国後の活動
大きなことその①!!
お引越しをしました
とはいえ大阪府の中ですが
主な理由は練習環境を整えるためです。
引越したが故に恐ろしく手が回っていない部分が多く、余計に自分をてんやわんやな状況に導いていることも1つ事実ですが、それでもきちんとした練習場所と時間の確保には変えられない。
そしてその②!!
先生業も始めました!!!!
実家と新しい家の二箇所を行き来しながらレッスンをしています。
ちょこっとこだわりを話すと
ドイツの先生達が導入していた
「弾き合い会」(Klassenstunde または Vorspiel)という制度を私も自分の生徒さんたちにして頂きたいと思っています。
だいたい2〜3ヶ月に一回の頻度で、サロンを借りて生徒さん達の前でお互いに弾き合いをします。ご参加は自由、また無料です!
この制度は私のクラスでもあり、非常に役にたちました。
これなしで舞台にあがるのは正直今でも厳しいと思っています。
それほど、どんな形であれ舞台にあがるたいうことは経験になり、練習より役に立つのです照れ
そして実際に7月の末に第一回を開催しました!!!!
こちらのサロンはなんと
「SHIGERU KAWAI」のフルコンが贅沢に二台目目
生徒さん達には各自弾きたい曲を弾いて頂きました!
そして私も初だしの曲を、、、
生徒さん達からは「勉強になった」
「ぜひまた開催してほしい」
と言って頂き、やり甲斐を感じた瞬間でした。
その③!!アマービレ楽器の講師として働かせて頂いております!!!
自宅のレッスン業と並行して、完全帰国前からコンチェルト等でも共演させて頂いた、アマービレ楽器さんにお世話になっています。
有難い事にさまざまなな年齢層の方々がレッスンに来て下さっており、大変勉強になっています音譜音譜
先生としてはまだまだ駆け出しですが、こうして楽器店の皆様、また自宅の方に来てくださる皆様のお陰で、また新たな角度から音楽を見る事ができ、とても勉強になっております。
そしてこれと並行して有難いことに沢山の演奏機会も頂いております!!!!
本当に嬉しい限りです
忙しさの中で時間を作って練習する大変さ、時間の大切さ、そんな中でコンサートをこなしいてんだなと思うと、改めて思う自分の師匠達への尊敬の念。
実際に体験して
これが自分が夢見ていたことだったのか、、とひしひしと感じています。
インタビューを終えて
普段あって良く話している友人でも、こうして色んな話を深く聞くと知らないことばかりなのでとても楽しいです。
特に違う楽器の人の場合は、自分ではあまり考えついたことのない発想や考えを知ることができることが多いので勉強になります。
松浦愛美さんのSNS
音楽家のインタビュー記事