あうすどいちゅらんと

ドイツの音大でトランペットを勉強中の齋藤友亨のブログ

パリの写真

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ここにバッハが座って弾いていたのか

ここをモーツァルトが通っていたのか

初めてドイツにきた時全てのことが新鮮で少しでも多くの感じようと吸収しようと貪欲だった。いつの間にかそんな感覚はなくなっていき、日曜日に聴こえてくる教会の鐘の音もただの生活音になっていた


 ドイツに長く住んだことによって、そんな特別なことが当たり前のことになったというのは、それだけ自分の一部となったということでもあるから喜ばしいことでもあるのだが、一方ではどこか寂しさを感じることがある


パリに行くことにした時、久しぶりにその興奮を感じて安心した。慣れだけではなく自分の感受性がどんどん鈍ってきているのではないかとも思っていたがそんなこともないようだ


 ドイツからパリ行きの電車に乗っていると突然アナウンスがフランス語に切り替わり、駅に降りると全てがフランス語。みんなフランス語しか話していない。当たり前ではあるのだが陸続きで違う言語を話しているのは未だに不思議に感じる

島国の感覚


 パリの街並みはイメージ通りの色合いで、南ドイツのようにカラフルなこともなくベルリンのように無機質でもなく、バロセロナに似た少し気品のある感じがした。

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カフェがとにかくたくさんあり、どこも繁盛しているように見えて不思議だった。あまり観光客が多いとは思えなかったがやはりフランス人というのは食にお金を費やすものなのだろうか。


光のあたるところにはそれだけ影もあり、路地に入れば汚いし、地下鉄は仕上げを放棄しているよう雑な仕上げになっている。使えれば一緒だと言わんばかりだ。

しかしベルリンで感じるようなどす黒いものはあまり感じなかった。

 

バルセロナの街並みと海とポートレート - あうすどいちゅらんと

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 明らかに観光客な装いで、英語で話しかけても全てフランス語で返ってくる。最初英語でも途中から全てフランス語になる。こっちが分からなくてもお構いなしといった調子だ。

しかしそれは決して意地悪をしているわけではなく単純に話し慣れていないように見えた。日本人は同じように話せないが申し訳なさそうにたどたどしく話そうとするが、フランス人は堂々としている。そもそも申し訳なさそうにする必要なんてない

 

ドイツ生活で"相手の言いたいことを状況と少しの単語と身振りで理解する"という能力がかなり発達しているので、相手がどんなに滅茶滅茶な英語を話してきてもほぼ何が言いたいかわかった。 


 ついた日はパリ管弦楽団を聴きに改装されたフィルハーモニーに行った。全て初めて聴く曲だったが、その音の自由さと色彩感に感動した。自分の思い描いていたフランスそのものな音だった。

決してうるさくならない金管、音の煌びやかさや軽さも心地よかった。常にドイツオーケストラばかりを聴いていたからとても新鮮で刺激的だった。

ドイツのオーケストラの演奏で疑問に感じることのある"音の密度"のようなものが、パリ管弦楽団はとても健康的に自然に聴こえた。

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小澤征爾×ベルリンフィル 聴衆の反応 - あうすどいちゅらんと


翌日はノートルダム大聖堂やエッフェル塔や凱旋門を見た。

ノートルダム大聖堂の中に、メダルの自動販売機のようなものがあり興醒めしたが、13世紀にこんな建物を作ることができたなんて信じられない。

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エッフェル塔が建てられたのは130年前のパリ万博。そこにはドビュッシーも来ていたんだなと感慨深い気持ちだった

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イタリア旅行に行ってきた時の写真を貼ってく~ミラノ・ヴェネツィア・フィレンツェ~ - あうすどいちゅらんと



そしてその翌日にはルーブル美術館、オランジュリー美術館、ピカソ美術館を見た。

ルーブル美術館はとにかく城が圧巻で、展示物がただ城に飾っている絵というレベルに見えてしまうくらいだった。


中でも印象的だったのはモナリザに群がり手を挙げてスマホでどうにか写真を撮ろうと頑張る人やひたすらにモナリザと自撮りをしている人たち。

絵を見にきたのではなく"絵を見てきた"ことを周りの人に伝えたいことが第一に見えた。なんとも滑稽な様子で、もはや人がiPhoneに操作されているようにさえ見えた

 

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教科書で見ていたこの像が意外にとても小さくて驚いた。しかも通路にぽつんと飾られていた

あまりにも大きな建物なので全部を見回ることはせず2時間ほどで帰った


オランジュリー美術館はあまり大きくない建物にたくさんの絵が展示されておりとても見やすかった。

教科書で見たことのあるルノワールの有名な絵や、メインであるモネの睡蓮の絵が展示されていた。

写真でみるとただきれいなだけでも近くで実際にみると、実物でしか出ていない色があるようにたくさんの色が見える。近づいたり離れたりして見てもまるで違う絵に見え、筆の跡から人のあたたかみのようなものを感じる。

絵画も音楽と全く同じで、実際に生でみると完全な別の物。多くの興味がない人はこの違いを体験したことがないだけということも多いのではないか。

だからこそそのきっかけを作れるような人になりたいと思った。


モネの何枚もの巨大な睡蓮の絵を見ているうち、同じ景色も見る時で全く違った物に見えるのだな、それもまた音楽と同じだと思った。

歳を重ねると、ということもあるがその時の精神状態で緑のものも紫に見えるということだ。色んな見え方をできるようになるにはそれだけ様々なことを感じてくる必要があるということでもある。

色んなものを見させてもらえて幸せだなと思った。

 


そのままピカソ美術館へ

ピカソはバルセロナでもたくさん見たが最も好きな画家のうちの1人だ。

ここには後期の作品が多く展示されており、特に亡くなる直前の作品はものすごいものがあった。


ピカソは天才的な画家で、幼い頃から完璧なデッサンをしたらしく、父親はデッサンを見て画材を売り払ったと言われている。

15歳頃の作品も展示されているが完璧に見える。しかしそのためピカソは、子どもの頃に誰もが描いている「頭から直接手足の生えた人間」のようなものを描いたことがなかったという。

「子どもの描く絵こそが、感じたことを余計な考えを抜きに純粋に描写している」と思っていたピカソは、自分がそのような絵を描かなかったことを悲しく思い、

キュピズムと呼ばれるデッサンにとらわれず感じるままを描く芸術を発展させていったと言われている。

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もちろんめちゃくちゃに書いてあるわけではなく、崩れた中にも強いメッセージ性があり、調和よりも内に秘めたものを直接伝えるというもの。音楽も含めた20世紀の芸術全体の傾向。"生きる"ということにすごく執着しているようなエネルギーが好きだ

 

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なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?


夜にはパリ・オペラ座へ。子どもの頃ビデオで観ていた豪華絢爛な劇場。日本的な感覚なら見っともないと思ってしまうほどに贅沢の限りを尽くしたような豪華さ。

これはフランスがパリの中央集権にして全ての富を集めたからこそできたもの。その時の民衆は気の毒だが、その代わりこんなに素晴らしいものをつくりだしてくれて処刑された王に感謝した。

 
バレエはどこか野暮ったいというかあまりエレガントさを感じることはなかった。ドイツのバレエに共通したどこか繊細ではない感じ

 
曲はとてもアメリカンなもので、オーケストラは気持ちが良いほどに軽く明るく派手な音だった。トランペットも明るいが耳障りなことはなく、軽すぎることのない輝かしい音。この輝かしさのようなものはどんどんだした方がいいと思った。ドイツにいるとつい太く暗い音を求めがちになる

 

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そして翌日はオルセー美術館。

ルノワールやゴッホ、特別展のピカソの青の時代。

ゴッホは初めて見たが怨念のようなものを感じるような毒毒しい絵。すごいエネルギッシュで好きだったが、絵というのはつくづく評価されるかされないかは紙一重だと思った。

 

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館内のレストラン

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ダリ美術館の近くの公園に画家がたくさん絵を売っているところがあり、そこにはとてもきれいな絵がたくさん売っていた。

みんなタバコを吸いながらひたすらに書いている。

ゴッホもあんな1人だったのかなと想像した。

 

 

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ルノワールの有名な絵にピアノを弾く2人の少女のものがある。

オランジュリー美術館には小さいサイズのものが展示されていて、オルセーにはもっと大きいものがあった。全く同じ構図で、なんで二枚あるのだろうと不思議だったがよく見ると髪の色使いが少し違う

 


他にもモネやマネの絵も展示されていてとてもきれいだった。浮かび上がるような立体感がその時代のフランスの音楽と似ていて好きだ

 


多くの芸術家が訪れ勉強し活動し、多くの人が憧れた街。ドイツの大きな街とは全く違った魅力があった。

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